黒魔術部の彼等 キーン編2


翌日の休日、言われたとおりキーンの家へ行く。
と、言っても場所がわからなかったので迎えに来てもらった。
着いた場所は、いかにも出てきそうな真っ黒な城だったけれど
似合いすぎていて、驚きは薄かった。

「ようこそおいでくださいました。さあ、こちらへどうぞ」
濃い紫色をした、おどろおどろしい扉の奥へ招かれる。
中は部室とあまり変わらない雰囲気で、いつものようにディアルもいた。
彼はキーンの暴走の抑止力のようで、いてくれてほっとした。

「ふふふ、さっそくですけれどソウマさん、あなた聞こえていたのでしょう」
「え?」
「魔法陣に入ったとき、明らかに驚いていましたね。わかっていたのでしょう、悪魔の言葉が」
見透かされていて、ぎくりとする。
「・・・なんで、そんな確信を持って言えるんだ?」
「わかりますよ。私は、いつもあなたを見ているのですから」
予想外の発言に、今度はどきりとしてしまう。

「それに、悪魔を召喚した魔方陣の中へはディアルさんでさえも入れません。
あなたに特殊な力があるのは明白です」
ただ単にまりもを触りたいがために、自然に入っていた。
自分にとっては普通に足を踏み入れたことが、実は特別なことだったのかと驚く。

「理解できていたのか」
ディアルにも問われ、だんまりはできなくなる。
「・・・魔法陣に入ったとき、わかるようになった。まりもが、人間の子供みたいに話してた」
これだけ聞くと、まるでお笑い話のようだ。
だが、見た目はまりもでも、相手は魔法陣から出てきたまごうことなき悪魔なのだ。


「素晴らしい!ソウマさん、ぜひとも私達に協力してください」
興奮しているのか、手をがっしりと掴まれて一歩引く。
キーンが意気揚々としているときは、たいてい良いことではない。
「了承していただければ、私とディアルさんのとっておきの秘密をお教えしますよ」
ディアルの秘密、と聞いて一気に興味が沸く。
いつも無表情で、本の虫で、すさまじい超能力者の秘密は何なのだろうか。

「ま、その秘密を見せないと内容も話せませんし、まずはご覧に入れましょう」
キーンがディアルに目配せすると、部屋に不穏な空気が漂う。
まるで、部室の空気の濃度をもっと濃くしたようだ。
じっと二人を凝視していると、その背に変化があった。
どこからか黒い霧が集まり、形を成す。
そして、ディアルの背からは蛇と龍を合体させたような何かが
キーンからは、翼竜のような翼が生えていた。

「これは・・・二人の特殊能力?」
霧を形にする力なんて、初めて見る。
それに、こんな禍々しい雰囲気がある力なんて、まるで。
「さあ、どうでしょう。それがわからないから、協力していただきたいのです」
キーンが歩み寄ってきたが、思わず後ずさる。

「この世界の文献に、霧のことは載っていない。
だが、違う世界の住人なら知っているかもしれない」
「・・・悪魔」
「そう、悪魔と話し、この霧のことを聞いていただきたいのです。
それは、どんなに優秀な私やディアルさんでもできないこと。お願いできませんか」
二人にもできないことが、自分ならできる。
その言葉に、優越感を感じずにはいられなかった。

「ディアルさんも、知りたいと思っているんですか」
「・・・ああ」
じっと、キーンの視線を感じる。
「わかった、話すだけなら、そうする」
「ありがとうございます!早速呼び出したいところなのですが、新月を待たなければなりませんね」
気持ちに連動しているのか、翼竜の翼が羽ばたく。


「協力するけど、そのかわり僕の願いも聞いてほしい」
「何でもおっしゃってください。料理を振る舞いますか、転送装置でどこかへお連れしましょうか」
何でも、という答えにほくそ笑む。
「じゃあ・・・キーンの普段着の姿が見たい」
羽ばたいていた翼が、ぴたりと止まる。

「ええと、赤黒いローブや灰色のローブならありますが」
「言い方が悪かった、ローブ以外の服装が見たいんだ」
珍しく、キーンから余裕の表情が消える。
「・・・いわゆる、一般大衆が着る普通の服ですね?
確か、地下倉庫のどこかにあったような・・・」
黒魔術にそぐわないものは排除してしまう、そんなキーンの普通が見たい。
悪魔に興奮する様子もいいけれど、たまには違う姿を見てみたかった。

「じゃあ、服選びを邪魔しないように僕は帰るから、楽しみにしてるよ」
「・・・わかりました、ローブ以外の服ですね」
急なことを言ってしまったけれど、そんなことはお互い様だ。
突然、黒い霧の翼や龍を見せられて驚かないほうがおかしい。
内心は、心臓が落ち着かなくて仕方がないのだから。




後日、期待しつつキーンの居城へ行く。
大仰な扉を開け、わざと音を立てて閉めた。
「キーン、どこにいるんだ?」
呼びかけると、近くの扉がゆっくりと開く。
「ようこそ、ソウマさん・・・」
キーンの声はだいぶ控えめで、明らかに様子が違う。
扉の方へ目をやると、ローブをまとっていないキーンが姿を表した。

黒いスキニーズボン、骸骨が描かれた黒いTシャツ、髑髏のネックレス。
上から下まで真っ黒だったけれど、体の線が見えてローブよりだいぶ格好良く見えた。
「キーン、格好良い、まともな服持ってたんだ」
「・・・通販で、急いで取り寄せました」
本人は不本意なのか、目を合わせようとしない。
いつも不敵な笑みを浮かべている相手がおどおどしていて、面白い。

「せっかくだから、外に出てみないか?ディアルさんも驚くとおも・・・」
「それなら、転送装置で連れていきます。おどろおどろしくなくとも、人気のない場所へ」
間髪入れずに言い、キーンは足早に赤い扉を開く。
その部屋には転送装置が置いてあり、キーンが操作すると青い環が現れた。
綺麗な色に引かれ、中へ入ると、空間が歪み体が宙に浮く。
酔ってしまいそうで、強く目を閉じた。


やがて、浮遊感がなくなり空気が変わる。
目を開くと、そこは薄暗い洞窟の中だった。
外の光に誘われて出ると、目の前には燦々とした陽の光に照らされた海が広がっていた。
「わあ・・・不気味じゃない」
波打ち際まで走ると、白いサラサラとした砂が靴に入る。
靴も靴下も脱いで海水に浸かると、冷たさが身にしみた。

「キーンも来なよ、すごく綺麗だ」
「いえ、私は岩陰にいますから」
砂浜も海も、死神には眩しすぎるのだろうか。
足元には小さな魚が来て、物珍しそうに足をつっついていた。
そろそろと手を入れてみると、指先もつっつかれてくすぐったい。
かわいらしくて、自然と微笑んでいた。




良い環境に来たからか、童心に帰ったように楽しんだ。
しばらく魚をいじって遊んだり、綺麗な貝殻を集めたり
その間もキーンはずっと岩陰から出てこなくて、影に溶けてしまったのかと思った。
水は気持ちいいが、日差しが強まってきて海から上がる。
裸足のまま砂浜を踏むと、クッションの上を歩いているようで気持ちよかった。

「キーン、お待たせ。ここ、良い場所なのに全然人がいないんだな」
「まあ・・・知らぬが仏ということもありますし。・・・そろそろ戻りましょうか」
それ以上は聞くことはせず、大人しくキーンについていった。


城へ戻ると、浴室で足を洗わせてもらう。
さっと済ませて広間へ行くと、キーンがだるそうに椅子に座っていた。
「キーン、どうかしたのか」
「久々に強い光を見続けていたので、頭痛が・・・」
コウモリみたいなことを言っているが、いつも薄暗い部室にいるのだ、無理はない。
「部屋で休もう、歩ける?」
肩を貸して、キーンを立ち上がらせる。
ゆっくりとした足取りで部屋へ行き、大きなベッドへ横たわらせた。

「頭が痛いんなら、冷やすものを探してくるよ」
「・・・それなら、灰色の扉の奥に調理場があります。その冷蔵庫をあさってみてください」
「わかった」
部屋を出て、灰色の扉を開いて中へ入る。
店の厨房のように広々とした調理場は、冷蔵庫も巨大だった。
上の扉を開くと、よくわからない肉や野菜がひしめいている。

冷やせそうなものはないかと探していると、ドアポケットにゼリーが入った瓶があって手に取る。
ひんやりとしていて、これを食べさせればいいかと思ったけれど
よく見ると中に丸い球体が入っていて、目が合った。
すぐさま扉を閉め、少しの間硬直する。

気を取り直して、下の扉をそろそろと開ける。
そこには、何かを必死に冷やすように手のひらサイズの保冷剤がびっしりと詰まっていた。
何があるかは想像せずに、一番上の保冷剤を取って扉を閉める。
他の扉が少し気になったけれど、ひやひやの保冷剤を持ってキーンのいる部屋へ戻った。


「キーン、保冷材持ってきたよ」
「すみません・・・お世話かけます」
ベッドの脇に膝立ちになり、保冷剤を額に置こうとする。
けれど、手が痛いくらいに冷えていて、これを直に置くと頭痛が悪化しそうな気がして
そこで、自分の掌をキーンの額に当てていた。
じんわりと、冷え切った手が温まる。

「ソウマさん、わざわざあなたが冷たい思いをしなくとも、適当な布に包んでくだされば・・・」
「いいよ、これなら僕もキーンも快適だし」
手の温度がぬるくなったら保冷剤を持つ手を変えて、また額に手を置く。

「あの・・・冷蔵庫でさ、ゼリーに入った目玉があったんだけど・・・」
「ああ、あれは寒天ですので食べられますよ」
「・・・そうなんだ、寒天かー、食べたくはないけど完成度高かったよ」
棒読みがちに言い、また額の手を変える。
用意してあった嘘か真か判断できないけれど、都合の良い方を信じることにした。

「それにしても・・・よく、私に触れる気になりましたね」
「え?」
「不気味でしょう、死神に触ったら呪われると思っても仕方がないことですのに」
ローブがないとこんなにも変わるのか、キーンの言葉にはどこか切なさが含まれているようだった。

「もう慣れたよ。それに、やっぱり不気味じゃないとキーンらしくない。
好奇心で違う服が見たいって言ってごめん」
おどろおどろしいものが好きで、奇妙な趣味で、悪魔を呼び出そうとしていて
他人から見れば異常者だけど、それがキーンだ。
もはや、そんな雰囲気は普通のことだと感じるようになっていた。


「・・・ありがとうございます。私は、とても嬉しいです」
ふいに、キーンがそっと手首を掴んで額から下ろす。
そして、自分の口元へ持っていき、労うように吐息を吹きかけた。
一瞬、肩が震える。

「あ、あの・・・」
「おかげさまでだいぶマシになりました。もう保冷剤は離してください」
「じゃあ、片付けてくる・・・」
立ち上がった瞬間、強い力で体が引き戻される。
保冷剤が手から離れて床に落ち、ベッドに尻餅をついた。
同時に、冷えていた方の手が取られ、また吐息を感じる。
唇が手の甲へ優しく触れて、また肩が震えた。

腹部にやんわりと腕が回され、弱い力なのに動けなくなる。
突然のことに驚いて対処ができないこともあるけれど
それ以上に、キーンが触れ合う行為に興味があることの衝撃の方が強かった。

やがて、手の甲に伝わる感触が変わる。
柔らかいだけではなく、湿った液も伴うものになり心臓が落ち着かなくなった。
手の甲から指先へ、ゆっくりとそれが這わされていく。
キーンが少し動くだけで、寒気に似た感覚が背を震わせた。
指先へたどり着くと、もう弄るところはなくなる。
開放されるかと思いきや、指先は柔いものに包まれた。

「えっ・・・な、に」
目を見開いたときには、すでに指はキーンの口内に含まれていて
指の腹も、爪側も、舌がまんべんなく撫でていた。
大胆な行為に、冷えていたはずの温度が急激に上がる。
振り払えばいいのに、どぎまぎして何も言えない。
感じてみたい、と思ってしまっているのだろうか。
寒気がするような、熱が上がるような不可思議な感覚を。

中指が根元まで弄られ、放される。
指の間を舌がいやらしく這い、また寒気がした。
「や、もう、変な感じ・・・っ」
これ以上されると反応してしまいそうで、たまらず身じろぐ。
すると、案外あっけなく腕が解かれ、手が下ろされた。

「すみません、調子に乗りました」
「・・・ず、頭痛おさまったんなら、そろそろ帰るよ」
振り返らずに立ち上がり、出口へ向かう。
心臓が早くて激しくて、落ち着かない。
悪いことをしたと思っているのか、引き留められることはなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
2話目にしてややいかがわしい。